覚醒剤の自己使用の疑いで逮捕された歌手Aさんについて、逮捕直前に乗っていたタクシーの車載カメラで撮影された車内映像が、ニュース番組などテレビ各局で放映されたことが問題となっています。(朝日新聞DIGITAL・11月30日など)
これが「個人情報保護法違反では?」とのご質問を受けましたので、少し書いておきます。
まず、結論からいいますと、個人情報保護法違反ではありません。
個人情報保護法上の第三者提供の制限(法23条)は、原則として、「あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」と規定されています。
この個人データというのは、単なる個人情報ではなく、容易に検索できる状態にしてある個人情報をいいます。
車載カメラの映像は、例えば利用客別にファイリングするなどしていないでしょうから、個人データとはいえず、したがって、個人情報保護法上の第三者提供の制限は受けません。
(ただし、「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない。」(法3条)という基本理念には違反しています。)
しかし、だからといって、車載カメラ映像を自由に第三者に提供できるかといえば、そんなことはありません。
タクシーの利用客は車内の自分の様子や出来事等を映像化され、公表されたり、第三者に提供されたりすることなど想定していないでしょう。車内はプライベートな空間だと言ってよく、私生活・私事をみだりに公開されない権利であるプライバシー権や、自己の容貌・姿態をみだりに写真・絵画・彫刻等にされたり、利用されたりしない権利である肖像権を侵害していることは明らかです。
映像をテレビ局に提供したタクシー会社は謝罪文を発表しましたが、当然です。
近年、タクシーやバス・鉄道等の公共交通機関には、車載カメラが搭載されていることが当たり前になってきました。
街には、防犯カメラ(監視カメラ)があちこちに設置され、少しも映らずに日常を過ごすことなどほとんど不可能になってしまいました。
しかし、この状態が無秩序に、無制限に広がれば、私たちのプライバシー権や肖像権は無きに等しくなってしまいます。
このため、自治体や公的機関が防犯カメラを設置したり、公用車に車載カメラを取り付けたりするときには、条例や要綱を定め、映像の第三者への提供は、本人の同意がない限り、事件や事故の発生時に捜査機関から令状を提示された場合など法令に基づく場合や、個人の生命・身体・財産をまもるために緊急やむを得ない場合に限るのが一般的です。大手企業においても、同内容の社内規定を定めているところが多いはずで、もし、今回のタクシー会社がそのような社内規定を定めていなかったとすれば、お粗末だといわざるを得ません。
他方、車載カメラ映像を放映したテレビ各局の行為も大問題だと考えます。
この点、各局は、「放映には公共性・公益性があった」と主張しているようです。(朝日新聞DIGITAL・12月3日など)
たしかに、一般論としては、高い公共性・公益性があれば、形式的にはプライバシー権や肖像権を侵害し違法であっても、例外的に公表が認められる場合があります。
しかし、今回の映像は、たしかに逮捕直前のAさんが映っていた、かつ、そのAさんは著名な歌手だったとはいえますが、単にタクシーを利用して帰宅するAさんの様子が映っていたにすぎません。車内で覚醒剤の自己使用をにおわすような言動があったとか、逮捕をおそれて逃走のためにタクシーを利用していたとかの事情がない限り、放映すべきほどの公共性・公益性はなかったというべきです。
今回もし、Aさんがタクシー会社やテレビ各局を相手に、プライバシー権や肖像権の侵害を理由として損害賠償請求をすれば、裁判所は認容すると思いますし、認容すべき事案です。
車載カメラや防犯カメラの普及で、プライバシー権や肖像権への配慮がルーズになっているように思います。私たちも、「安心」「安全」だからと、そのような状況に慣らされつつあるのではないでしょうか。今回の事件が物議を醸したことは、正常な反応でよかったと思います。(浜島将周)