交通事故による後遺症で働けなくなったとして、全盲の女性が加害者である自動車運転手に対し損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、広島高裁が、逸失利益を全労働者の平均賃金の7割とした一審山口地裁下関支部判決を変更し、8割に増額した、との報道がありました。(中国新聞DIGITAL・9月10日、朝日新聞DIGITAL・9月10日)
交通事故等により死亡した場合、あるいは、後遺障害が残り労働能力が損なわれた場合に、損なわれた能力の程度に応じて、本来得られたはずの賃金等の賠償がなされます(これを「逸失利益」といいます。)。
この逸失利益は、本来得られたはずの賃金等の賠償するものですので、現実に就労していればその収入が基準となるのが原則です(就労可能年齢や生活費の控除などを一定の数式を用いて計算します。)。未成年者や専業主婦等の未就労者の場合には、「賃金センサス」とよばれる厚労省の「賃金構造基本統計調査」を基準に算定されることになります。就労していても収入に変動があり得る若年層(おおむね30歳未満の者)等の場合も、賃金センサスが基準となることが多いようです。
それでは、障害者の場合は、どのように算定されるのでしょうか。身体障害あるいは知的障害がある被害者については、そもそも賃金センサスどおりの収入を得られなかったのではないか、がしばしば問題とされてきました。
この点、逸失利益の算定について、最高裁は、あらゆる証拠資料を統合し、経験則を活用してできるかぎり蓋然性のある額を算出するよう務めるべきであり、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収益の額に基づくべきだ、としています(最判S43.8.27.)。
そうなると、現実には、障害の程度によっては、健常者と同等には収入が得られなかったり、就労そのものが困難だったりするため、賃金センサスどおりの収入を得る蓋然性は認められにくくなります。重度の障害であれば、就労の可能性がないとして、「0」(ゼロ)と判断されることも少なくありませんでした。
今回の事件では、一審判決は、現時点において、「健常者と身体障害者との間の基礎収入については、差異があると言わざるを得ない」としつつ、「我が国における近年の障害者の雇用状況や各行政機関等の対応、障害者に関する関係法令の整備状況、企業における支援の実例等の事情を踏まえると、身体障害を有する年少者であっても、今後は、今まで以上に、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することのできる社会の実現がはかられていくこと」、「被害者が盲学校高等部普通科に入学していたこと、高等部普通科の生徒が大学等に進学したり就職した例があること」などの事情を踏まえ、平成28年賃金センサスの男女計・学歴計・全年齢の平均賃金の7割を基準とした逸失利益の算定を認めました(山口地下関支判R2.9.15.)。
これを受けた控訴審判決は、「近年の障害者の雇用状況や企業における支援の実例、ITを活用した就労支援機器の普及などの状況を踏まえると、今後は今まで以上に健常者と同様の賃金条件で就労できる社会の実現が見込まれる」として、さらに踏み込み、8割を基準とした算定にあらためました。
ただ、他方で、控訴審判決は、視覚障害によって働く能力が相当程度失われることは避けられないことや、健常者と同額の収入を得られるような社会状況が確立しているとまではいえないことを挙げて、「全労働者の平均賃金と同等にすべきだ」とする被害者側の主張を退けました(広島高判R3.9.10.)。
このように近年は、身体障害であっても知的障害であっても、賃金センサスの一定割合により逸失利益を算定する裁判例が増えてきています。今後、上記地裁・高裁判決が言及しているように、障害者をめぐる法整備や雇用状況の改善がさらに進めば、賃金センサスそのものを基準とした逸失利益の算定をする判断も出てくるでしょうし、そういう社会であるべきだと思います。(浜島将周)
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