雇い止めをめぐる労働審判(※)で、口外禁止条項(当事者が労働審判の内容を第三者に口外することを禁止する条項)を付けられたことで、精神的な苦痛を受けたとして、労働審判手続申立人だった労働者が国に損害賠償を求めた裁判で、長崎地方裁判所が、口外禁止条項を付けたのは違法だとする判断を示したとの報道がありました。(NHK NEWS WEB長崎・12月2日、西日本新聞Web・12月3日、毎日新聞Web・12月1日)
労働審判委員会が口外禁止条項を付けたことを違法だとする判決は、おそらく全国で初めてです。
労働審判委員会には長崎地裁の裁判官が1名入っていますから、今回の判決を言い渡した長崎地裁の裁判官は、同僚の判断を違法だと判断したことになります。
※ 労働審判制度とは、個々の労働者と会社・事業主との間に生じた労働関係に関する紛争を、裁判所において、原則として3回以内の期日で、適正かつ迅速に解決することを目的として設けられた制度です。労働審判手続では、裁判官である労働審判官1名と、労働関係に関する専門的な知識・経験を有する労働審判員2名とで組織する労働審判委員会が審理し、適宜調停を試み、調停がまとまらなければ、事案の実情に応じた解決をするための判断(労働審判)をします。労働審判に対する異議申立があれば、訴訟に移行します。
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本件の労働者は、運転手として勤めていた運送会社を雇い止めになったため、地位確認などを求めて労働審判手続を申し立てました。
これを担当した労働審判委員会は、労働者が調停段階からずっと、口外禁止条項が付けられることを明確に拒否していたにもかかわらず、口外禁止条項を付けたうえで、運送会社が解決金を支払うよう命じる労働審判を言い渡しました。
この点について、長崎地裁は、労働審判委員会は原告労働者と運送会社の双方にとって望ましい解決の道を探っていて、審判に違法または不当な目的があったとは認められないとして、労働者の慰謝料請求自体は棄却しました。
しかし、労働者が調停の段階で拒否していた口外禁止条項を付けたことについては、手続の経過を踏まえたものとはいえず、相当性を欠いているとして、労働審判法に違反すると判断しました。
労働審判手続における調停など労働事件の和解の場面では、会社・事業主側は必ずといってよいほど口外禁止を要求し、裁判所など仲裁機関もそれを当然のように条項化しているのが実情です。
会社・事業主側が口外禁止条項を入れるようとするのは、誤解をおそれずにいえば、「解決金を支払うから、その代わりに黙っていてくれ」ということです。解決金を支払った=会社・事業主が一定の非を認めた(認めさせられた)ということが世間にバレたくない、当該労働者に続く第2・第3の同種事案の申立・提訴を招きたくない、事件をできる限り矮小化したいからです。
この問題について、ずいぶん以前から、高木輝雄弁護士が危機感を持たれており、
オープンにできないことによって、
① 労働者側には歯切れの悪さ、後ろめたさが残る。
② 裁判闘争を支えてくれた多くの人たちに解決内容を100%伝えることができない。
③ 記者会見も中途半端にならざるをえない。
④ 闘いの成果を次につなげることができない。
⑤ 連帯が封殺される。
の5点を問題点としてあげて、安易な口外禁止条項に反対していらっしゃいました(『東海労弁通信』137号)。
確かに会社・事業主側が「口外禁止条項を付けなければ和解しない」という態度を示せば、和解の成立のために、労働者側も仕方ないかという気にもなります。しかし、上記問題点を踏まえれば、(自戒を込めて)労働者側で労働事件を扱う弁護士は、安易に口外禁止条項に同意せず、ギリギリまで闘うべきです。
その意味でも、今回の判決が持つ意味は小さくないように思います。(浜島将周)