緑オリーブ法律事務所ブログ

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【この記事は『愛知憲法通信』2021年4月号に投稿した論考を掲載したものです。(弁護士 間宮静香)】


1 少年事件は増えているのか


 「少年事件が増加していると思う人、手を挙げてください。」
 講演でそう言うと、半分以上の方の手が挙がります。しかし、それは事実でしょうか。
 下図は令和2年度版犯罪白書による刑法犯の検挙人員と人口比です。少年事件は、平成15年は20万3684人、令和元年は2万6076人と、15年の間に10分の1まで激減しています。人口比でも、平成15年は10万人あたり1552.9人に対し、令和元年は233.4人と約6分の1まで減少しています。殺人などの凶悪事件ももちろん減少しています。


2 少年事件を起こす子どもたちの背景


 では、どのような子が少年事件を起こすのでしょうか。凶悪でどうしようもない子なのでしょうか。
 少年院の入所者のうち、実父母そろって養育されているのは、3割程度しかいません。保護者がいない子どもたちも男子5%、女子8%もいます。虐待を受けていた男子は約35%、女子は約55%。女子の2.3%が性的虐待の被害者です。統計上はこの程度ですが、某少年院院長の話では、発覚していなかったものを含めれば、ほとんど全員が虐待の被害者だということでした。私がこれまで会った少年事件の少年の多くも、虐待や不適切養育の環境下で育っていたり、いじめや体罰などで傷つけられたり、発達障害に対する適切なケアを受けていない子どもたちでした。保育園から万引きをさせられるなど、善悪の判断がつく前から犯罪を当たり前にする環境で育ってきた子どもたちもいました。
 このような子どもたちは、加害者ではありますが、社会の被害者でもあります。救ってもらえなかった、さみしい思いを抱えた被害者たちです。子どもたちは産まれる家庭や環境を選ぶことはできません。大切にしてもらった経験のない子どもに「人を大切にしろ」と言って、できるはずがありません。事件が起きたのは、子どもの権利を保障してこなかった周りの大人の責任でもあります。鑑別所で出会う少年たちは、ゆっくり大人と話す経験もしてきていません。最初は大人不信の子どもたちですが、つらい気持ちを聴き続け、頭ごなしに否定せず、味方だからあなたがここに戻ってこないように一緒に考えようという姿勢でいると、子どもたちはみるみるうちに成長し、考えや表情も変化していきます。どれだけ大人による適切な支援が受けられなかったのかがわかる瞬間でもあります。


3 少年法は健全育成のための法律


 少年法は、その目的を「少年の健全育成」とし、家庭や環境に恵まれず事件を起こした子どもたちの育て直しを重視しています。そのため、処遇を決める少年審判においても、生育歴や環境が重視され、どのような処遇が少年の健全育成によって良いのかという視点で考えられます。少年の変化に応じてチャンスが与えられることもありますが、大人であれば不起訴になるような軽微な事件でも、その少年の抱える問題が深刻で、家庭に養育する力がない場合は、少年院に送致されることもあります。「少年法は軽い」というイメージは誤解で、成人より重い処遇になることも少なくありません。他方、殺人事件などの重大犯罪は、ほぼ大人と同じ裁判を受けることになっており、この点からも少年法は軽い法律とは言えません。
 少年の健全育成という考えは、少年院と刑務所との違いにも現れ、刑務所は刑務作業が中心であるのに対し、少年院は、法務教官の手厚い働きかけで自己と向き合うことを重視します。そのため、刑務所等の再入所率は58.3%であるのに対し、少年院出所者の少年院及び刑務所等の最入所率は22.7%に留まっており、教育を重視する少年院が刑務所より再犯防止に資することは明らかになっています。
 子どもの権利条約40条でも、事件を起こした子どもに対しては、子どもが他者や社会を信頼できるように変化して立ち直るために、罰ではなく、教育がなされることが必要とされ、少年法の理念は、科学的根拠をもった世界中のスタンダードな考え方と一致しています。


4 少年法適用年齢引き下げ?


 ところが、ここ数年、成人年齢の引き下げに乗じて、少年法適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げようとする動きがありました。「少年非行が増加・凶悪化している」という誤解した世論を背景としたものです。
 しかし、弁護士会・子ども虐待防止学会・児童青年精神医学会・元少年院院長ら・犯罪被害者の会など、あらゆる専門家団体が反対し、かつ、あらゆるデータから、現在の少年法が有効であることを否定できなかったため、形式的には、適用年齢の引き下げは行わないことになりました。しかし、今度は、18歳・19歳の少年を「特定少年」として、原則的に検察官に送致し、大人と同じ扱いとする範囲を拡大させようとしています。
 飲酒や喫煙可能年齢が20歳のまま維持されているように、成人年齢が18歳になったからといって、少年法の対象まで引き下げる必要はありません。「特定少年」が原則的に検察官に送致されると、多くの事件では、執行猶予がつくことになりますから、18歳・19歳は、少年院等で自己や事件を見つめ直す教育をされる最後の機会を失い、すぐに社会に戻るだけになります。また、検察官送致がなされると、実名報道も可能となることから、執行猶予となっても、就職して人生をやり直すことが困難となります。結果として、再犯が増えることが容易に予想されます。


5 さいごに


 少年法は、子どもにとっては、厳しく、そして、傷ついてきた子どもたちの立ち直りを支える法律です。18歳や19歳を大人と同じ処分をすることで、18歳・19歳の子どもにとっても、社会にとっても、何一つ良いことはないのです。まずは実情を知っていただき、少年法改正反対の声をあげていただくようお願いします。


<補足>
 少年法改正案は4月20日、衆院本会議で賛成多数で可決されてしまいました。引き続き少年法及び少年法改正問題に関心をお寄せいただくようお願いします。(間宮静香)


 


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