緑オリーブ法律事務所ブログ

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 最近、給与のデジタル払い(○○payのようなスマートフォンの決済アプリに給与が直接入金される仕組み)が解禁されそうだ、との報道を目にします。4月19日にも、厚生労働省が労働政策審議会(厚労相の諮問機関)の分科会に制度設計案の骨子を示したことが報道されました。(日経新聞web・4月19日時事通信.com・4月19日


 キャッシュレス決済は確かに便利で、今後ますます広がっていくことでしょう。
 しかし、だからといって、給与のデジタル払いの解禁は、「便利だね」で済ませてよい問題ではありません。


 まず、大前提として、労働基準法24条1項には賃金の「通貨払い原則」が定められていて、給与のデジタル払いはこれに抵触します。
 賃金の通貨払い原則とは、賃金は、日本の通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない、という原則です。賃金全額が確実に労働者の手に渡るようにするための大切な原則です。
 なので、通貨払いと同程度に確実な支払方法といえる銀行等への振込みであれば、労働者の同意を得た上で、認められています(労基法施行規則7条の2)。
 これと同様の例外規定として、給与のデジタル払いを追加して認めよう、というわけです。


 では、給与のデジタル払いには、どのような問題があるでしょうか。
 一番の問題は、資金移動業者(アプリ運営会社)のデジタル払いが現状、銀行振込みと同程度に確実な支払方法であるとはいえないことです。
 この点、銀行預金については、預金者保護法により、盗難カード・偽造カードによる不正引出しなどに対して、預金者の被害者救済制度がありますし、銀行等が破綻した場合には、預金保険制度による保護制度もあります。
 他方、キャッシュレス決済については、法的な救済制度はまだ不十分で、各社の利用規約にゆだねられているのが現状です。資金移動業者(アプリ運営会社)が破綻してしまったら、労働者が給与を手にできない(使えない、というべきでしょうか。)事態に追い込まれてしまう可能性があります。
 このため、厚労省が示した制度設計案の骨子では、デジタル払いで受け取った給与は、支払い当日にATMなどで1円単位で現金化できるようにすることや、資金移動業者(アプリ運営会社)が経営破綻した場合には、保証機関などが支払いを肩代わりし、数日以内に受け取れるようにすることが盛り込まれました。


 とはいえ、はたして労働者側に、給与のデジタル払いの実現を求める声はあるのでしょうか。
 「ほとんどキャッシュレス決済で生活しています」という方もいらっしゃるでしょうが、銀行口座に振り込まれた給与を電子マネーに移行することは、それほど手間ではないはずです。むしろ、住宅ローンやマイカーローンを組んでいらっしゃる方だと、給与が全額デジタル払いされてしまっては、銀行口座に移行する必要が生じるわけで、かえって面倒です。
 給与のデジタル払いを推進しようとしているのは、資金移動業者(アプリ運営会社)と、給与支払い時の振込手数料などのコストを削減したいという使用者・事業者という経済界側の思惑なのではないか、と勘ぐりたくなります。


 なお、政府は、外国人労働者が日本で生活する際の利便性を、給与のデジタル払い解禁の理由の一つとして挙げています。外国人が日本で生活していく際、家賃や公共料金、給与の受領などさまざま場面で銀行口座の利用が必要になるところ、外国人は口座開設が難しいので、給与のデジタル払いのニーズがあるというのです。
 しかし、であるなら、外国人が日本で銀行口座の開設をしやすくするようサポートすればよいはずです。
 むしろ、外国人労働者には、母国・家族へ仕送りするのに、現金で送金する必要がある場合が珍しくないといいます。このような外国人にとっては、給与のデジタル払いは迷惑でしょう。


 以上のことを考えると、給与のデジタル払い解禁は、時期尚早のように思えます。


 日本労働弁護団が、2021年2月19日付で、「資金移動業者の口座への賃金支払の解禁に反対する幹事長声明」を発出しています。ご参考になさってください。(浜島将周)


 


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